
私のごくごく身近にNさんという絵描きさんがいます。
今回はその人に起こった出来事なんですが・・。
Nさんが師事しているお師匠さんの一門にWさんという年上の女性がいました。
Nさんはその一門のなかでは一番若手で、その次がWさんだったので、2人は自他共に認めるライバル関係だったんです。
ライバルといっても、2人ともお互いの作品が大好きだったので、お互いを認め合い、競い合い・・というとても良い関係が10年以上続いていました。
Nさんは静岡在住、Wさんは神奈川在住だったので、実際に顔を合わせることが出来るのは1年に数回程度だったんですが、そういうときにお話ししたとき、Wさんは何度か・・
「私たち、がんばりましょうね」
・・といってくれたりしたんだとか。
NさんはそんなWさんの、本当に純粋な「絵」に対しての情熱を感じ取り、心が洗われるように感じ・・姉弟子としてとても尊敬していたのです。
そして2人が所属する美術団体の中では常にWさんが1歩リードしていたんですが時にはNさんが上を行くこともあり、そんな時Wさんは、お祝いのお手紙をくれたりと、まるで我がことのように喜んでくれました。
Wさんもまた、弟弟子であるNさんに敬意を払ってくれていたのです。
そして今年になって、Nさんは、春に行われる展覧会に向けての作品を批評していただくために、お師匠さんのアトリエを訪ねたのですが、その日にとてもショックなことを聞かされました。
Wさんが絵をやめたと言うのです。
今年になってWさんに、目の病気が発覚し、それは失明の恐れもある病気なんだと・・。
Wさんはお師匠さんに、電話ではなく、手紙でこのことを知らせ、同時に所属する団体にも退会届を提出していました。
驚いたお師匠さんが電話をした時のWさんの声はいまだに落ち着きを取り戻せないようだったそうです。
Wさんの今年の出品作は、すでに80パーセントは出来上がっていたとも聞きました。
Wさんは若い頃から絵を描きたかったのですが、なかなか実現できず、働くようになってからお師匠さんに出会い、人生がパっと開けたんだと言っていたそうです。
そんなWさんが絵をあきらめなければならない・・という事実に、Nさんはなにも言えませんでした。
「絵」というものに、成功も挫折も、喜びも悲しみも、全ての感動を込めてきたWさん自身、この現実にどう向き合ったんだろう・・。
そんなことを思うNさんの心にはポッカリ穴があいたようでした。
あるとき、NさんはWさんから、
「もし自分が絵をやっていなかったら・・って、想像できますか?」
・・と、問いかけられたことがあったそうです。
そのときのWさんのことを思うと、Nさんの心に、やり場のない感情がわきあがってくるのです。
とても悲しい、重い気持ち・・・。
でも、Nさんは、自分の作品を描くしかないんだと。
勝手な想いかもしれないけど、Wさんからもらった大切なものを自分の中にしっかり収めて、ただただ良い絵を描くしかないんだと、そう思っているのです。
いつか、Wさんのココロの整理がついて、自分の作品を見てもらうことがあれば・・、
「いい絵を描きましたね~」
・・といってもらえるように。
Nさんは、ただただWさんの想いを受け継いで、良い作品を残すことしか、いまは考えられないと思っているのです。